第21回それ行けミーハー吟行隊
さくら咲く競輪場へ行きませうの巻


日 時 四月六日(日)午前十時〜
場 所 松山市堀之内『松山競輪場』
参加者 ゲスト   藻伊矢・鷂・悠里(「さのじの会」会員)
    レギュラー 星輪・さやン・幻花・タルト・ぴんく・三毛
          遊人・みかこ・怜羅・いつき
    案内役   方さん(自称遊び人)

星輪さんと二人で、郊外電車を待っていたときのこと。待合室の壁に貼ってあるポスターが、ふと目に止まった。でかでかと描かれた桜の花札。中央にひるがえる鮮やかな赤い短冊。太筆で書かれた『松山けいりん』の文字。なかなか思い切ったデザインを、松山市も採用したものだ。そのポスターを見つめていると、何かが私の脳髄をピキピキピキッと刺激した。
「…!…そうや、次は競輪場に行こう」
「えーっ?」

思いつく事と実行する事は、私にとって同義語。早速、松山競輪についての情報収集に入る。場内案内図・レース開始時間・入場料などの基礎情報を入手、さらに人脈豊富な副隊長・タルちゃんには、競輪場を熟知した案内人探しを依頼した。ほどなく、適任者が見つかったとの報告。何者だか分からないが、タルちゃんの友達だというのだから、まあいいだろう。さあ、準備は整った!

さて当日。花の雨が今にも降りだしそうな空の下、勢揃いしたのは十名のミーハー吟行隊員&サラリーマン句会「さのじの会」の男性三人、それに案内役をかって出てくれた遊び人・方さん。茫洋とした名前の割りには、筋道とユーモアのあるその話振に、隊員一同すぐになついてしまう。
「競輪に関してですね、絶対にして欲しくないことが三つあります」と、方さん。
「一つは、大金を賭けないこと。二つ目は、騒がないこと」
 そう言って方さんは、隊員たちを見渡した。
「なんで騒いだらいかんの?」
「競輪場では、その日の持ち金どころか全財産をスって帰る人だっているわけですから、とにかく目立たないに越したことはない。だから万が一当たったとしても、はしゃがないで下さい」
隊員たちの視線が一斉に私に集まる。
「いつきさんにとって、騒ぐななんて、死ねに等しい言葉よね」
そう言われるまでもなく、全く自信がない。
「そしてですね、最後の一つの約束は、これを機会に《溺れない》こと」
彼のトドメの言葉に笑いと拍手が起こる。

  競輪に溺れないことしやぼん玉   タルト
  溺れない約束花は雨となる     いつき

方さんの三つのお約束をかたくかたく胸に抱いて、いよいよ出陣である。果たして賭け事の神様は、ミーハー吟行隊に微笑んで下さるのだろうか。

競輪場の中に広がっていたのは、一種異様な別世界であった。場内のベンチで寝ているオジサン、よれよれのコートを引きずるジイチャン、やけに派手な背広をピラピラさせて来るオニイサン。そうかと思うと、山頭火のような放浪僧?が破れた傘を手に、傍らを通り過ぎて行く。
《春のアラブ人》が季語になるかどうかは知らないが、こんな句を詠みたくなる気分は分かる。怪しくて面白い響き。

  車券買ふ人みな春のアラブ人     悠里

幾つも並んでいる青い露店。ここでは、レースを予想した新聞を売っているのだという。名前が気に入ったので、《かちどき》という予想紙を買う。ナント、赤鉛筆のオマケ付だ。

  柳絮飛ぶ赤えんぴつは耳にさす   いつき

せっかく買った《かちどき》情報を無視するわけではないが、他人の分析どおりに賭けるってのもなにやら芸がない。方さんに教えてもらった『選手の出身地域をまとめて押さえる』方法で、独自の予想を立てることにする。あれこれ悩んだあげく、ひとまず九州勢に的を絞り、1−4・4−6・5−1の三点を。さらに、ユニホームの色を、白−青・青−緑・黄−白と、大ざっぱに把握する。脳細胞がざわざわと騒ぎはじめる。
「今日の師匠は、どう見ても俳句を作ってるとは思えませんねえ」
後ろの席で男連中が悪口を言ってるのが聞こえてくる。
「予想紙を食ってしまいそうな顔してるよ(笑)」
じゃっかンしい! 俳句も競輪もアタシは常に真剣勝負なんじゃい!

  花吹雪師匠は伊予のバクチ打ち   藻伊矢

それぞれが思い思いの車券を握り、ゴール前の席に陣取る。後ろのガラス張り特別席には、すでに沢山の人々々。こまかな雨が降りはじめた一般席にも、どんどん人が溢れてくる。みるみるうちに《得体の知れない奴ら》集団に飲み込まれ、そして共に《得体の知れない奴ら》集団を構成している私たち。

  花冷や選手はき出す錆びし門    藻伊矢
  花冷のなかで勝負の時を待つ    ぴんく
  桜咲く得体の知れぬ奴ばかり    いつき

それにしても競輪が、こんなふうにダラダラッバラバラッとスタートするものだとは知らなかった。スタートダッシュをかけて、勢いよく飛び出す姿を想像していたのだが、大きな間違い。

  曖昧なスタートダッシュ木の芽風   三毛

何周か回る間、ザワザワと雑談しながらレースを見守っていた観衆たちは、ラスト半周に差しかかるあたりから一挙に総立ちとなる。オジサンたちが、いきなり土足のままベンチに突っ立つ。慌てて真似をする。最終コーナーに入ったとたん、怒声が飛ぶ。
「こりゃあー、いかんかいッ!」
「アホーッ!」

  気がふれたやうに桜と観衆と    みかこ

私が賭けた色・1枠白がぐんと上がってくる。
「よォしッ!」
思わず大声がでる。団子状態の第二集団、外側からグングン伸ばしてきたのは、ナント5枠。
「いけッ!」
怒涛のような歓声が渦巻く。怒鳴り怒り狂喜する観衆のすきまから、一瞬早く5枠の黄色が飛び込んだような気がしたが…己の目に自信はない。ドキドキしながら、正式発表を待つ…短くて長い時間。
数分後、電光掲示板に鮮やかに映し出された《1−5》の数字。
「やった!」
騒ぐなと言われても、これを騒がずにいられるか。
「あたった!?」と群がってくる隊員たち。方さんの《三つのお約束》は、早くも忘却の彼方へ…。

第一レースの結果、タルちゃんが千六十円、星輪さんが二千百二十円、私が五千三百円の勝ち。払い戻し窓口から差し出されたお金を見た時の喜びったら、アナタ、言葉にも俳句にもできないアリサマ! だが、そんなことでウカウカ喜んでいる暇はない。第二レースの締め切りまで、あと五分。次の車券を買いに全力疾走だ。

  山笑ふレース締切五分前   鷂

第一レースを落とした面々は、すでにゴール前の席にスタンバっている。観客は益々増えてきた。少し状況把握できた状態で臨む第二レースは、1−2・2−6・6−1と五百円ずつ買う。ツキを信じて、やはり九州勢に賭ける。1枠白・2枠黒・6枠緑と、色をおさらい。よしッ、来い!

  本命の競輪選手リラの花   星輪
  風邪捻挫打撲欠場桜咲く   さやン
  今節の主力展望柳の芽    いつき

「南!今日こそは頼むぞ!」
「ギャルが一杯来とるけん、ええとこ見せよォ!」
盛んに声援を浴びているのは、愛媛県出身ちょっと太めの5枠・南クン。
第一レースと同じように、残り半周で、観客は総立ちとなる。歓声・怒声・罵詈雑言の渦巻く中、第4コーナーを回ったところで、トップ集団は白・黒・緑。

「オオーッ、そのままやァ! そのまま行けッ!」
完全なる興奮状態に突入するワタクシ。
第二レースの結果は、僅差にて2−6。どれが入ってもOKだった私にとっては、一番の高目が入った。よって払い戻しは、八千五百円也。キャッホーッ。
「えっ、いつきさん、また当たったの?」と騒ぐ隊員たちの向こうで、怖そうなオジサン達に罵られているのは、5枠の南クン。
「南ッ、お前は、ちょんまげつけて相撲に転向せい!」

  桜咲くやる気あるんか南君     さやン
  春競輪溺れることなくはづれけり   遊人
  桜満開敗券をにぎりしめ       幻花

「それにしても、いつきさんの勝負運ってのは恐ろしいもんがありますねえ」と悠里さん。
「いやあ、偶然ってスゴイねえ。第一レースでは団子状態で直線に入ってきて、外から5枠が伸ばしてきたりしたやろ。第二レースはまさかあのまま、逃げ切ってくれると思わんかった。だって、青が狙うてきよるような動きしとったし、てっきりあそこから切り込んでくると思うたんよ」
「いつきさん、そこまで見てたんですか。信じられませんよ。私なんかダダーッと一塊でゴールに入ってきたってぐらいしか…」
「なに言いよるんですか。私、これでも写生派俳人やけんね」
かくして、ワタシの戦績は第一・二レースあわせ三千円賭けて、一万三千八百円の配当。差し引き、一万八百円の儲けとなる。おおッ、スゴイ。

完全に競輪に溺れた今日のワタシが選んだ《第二十一回ミーハー吟行大賞》は、こんな対句。ガハガハ儲けても、いさぎよく散っても、なんでもかんでもドンドン一句になっちゃうのだから、やっぱり俳句って面白いのだ。

  さくら咲くやうに女は賭けるべし   怜羅
  さくら散るやうに男は負けるべし